今でこそ、MBAやTESOLなどアメリカの大学院で勉強し、英語が話せて、妻もアメリカ人で、アメリカで英語で不便をさほど感じずに生活をしていますが、元々優等生だったかといえば、全く逆の人生を歩んでいます。

しかし、人間どこかで転機がやってくるもんです・・・・


1973年: 兵庫県尼崎生まれ
3人兄弟の末っ子としてすくすくと育ち、育ちすぎて家族で一番でかくなる。

中学の頃はまぁまぁの成績だったが、高校に入るといっぺん。
赤点取得者へ変貌。
大学受験はボロボロ。

ここでセンター試験
200点中70点をマーク。

浪人生活へ突入


・・
・・・

2年目の大学挑戦も無残に惨敗。目標としていた大学に行けなかったことがショックで、腐ってしまいました。

しかし、そんな私に転機が!!

1993年6月: 運命の旅立ち 
 英語も録に話せない、赤点取得者が「英語文法 初心者用」だけ持ってニュージーランドへ。 
 ここからがむちゃくちゃ計画性のない人生の始まり。

1993年9月:  「日本人は英語検定試験受けても落第するから、まず、高校行ってください」
 (゜∇゜ ;)エッ!? 何ですって?
 志望校であったカンタベリー大学からの冷たい一言。

 21歳でニュージーランドの男子の制服短パンなしの高校へ入学。
 1年後、現地の大学入試試験を受けて、ギリギリ、ヒヤヒヤで、カンタベリー大学入学。

1995年: 大学スタート!
1998年: 大学卒業 う〜ん、まだ何かしたい!

2000年: 青年海外協力隊に剣道隊員で参加。 中米は、グァテマラで、2年間の指導をする。

2001年: 派遣国外では不可能といわれていた、
 第1回グァテマラ・パナマ合同合宿を企画・運営・開催・指導。
 延べ100人以上の参加者を得る。 幽霊グァテマラ剣道協会を除霊。 実態のあるグァテマラ剣道協会発足。

2002年: 海外青年協力隊任期満了!! うーん、まだ何かしたい!!
 そういうことで、

2002年10月: 「世界青年の船」参加。 日本人125名、外国人125名で太平洋1周船のたび、1ヵ月半。
 船内では、外国人パワーが日本人を圧倒。 「これではイカンぞ、日本人!」 と思い↓
 外国人パワーを圧倒する日本人の必要性を感じ、 若者に我がノウハウ伝授のため上京。

留学アドバイザー生活突入。

2004年6月:  剣道具一式+三泊分の衣類もって渡米
 知り合いの知り合いでしかなかったFさんのおかげで、何とかウェストバージニア州に落ち着く。
 そこで現妻と出会う。

2005年1月: 再渡米。M.A. TESOL専攻でウェストバージニア州大学院へ
 正式にウェストバージニア州剣道クラブ発足

2005年9月: インディアナ州に移動

2005年11月: 現妻と結婚

2006年2月現在 アンダーソン大学でMBA取得中
 Kendo-Worldパートタイム翻訳者 (^_-)v

赤点からMBAまでの道のりは長いですが、MBAが良いと言っているのではなく、誰でも英語を話すことが出来るということが言いたいのです!!


さあ、「英語のツボ」を知って、もっと楽しいコミュニケーションの世界へ!
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